日本橋熟女風俗と風俗の歴史

多くの文明化風俗大国、いってみると規模で言えば風俗産業はブラジル一強なのであるが、それ同じ様に、日本でもメンズエステ、つまり超イカス風俗が日常生活のおともとして風俗狂い共に愛用され始めた時期は、遠く紀元前一一四五一四性器にまで遡ることが出来るのだ。日本橋熟女風俗の中にはそういった歴史を感じさせるものも少なくない。

けれどもメンズエステがみなみなさまの趣味生活の基礎として取上げられ始めたのはつい最近のことのようでございまして。
一九一九八一〇世紀から八五八五八九三世紀にかけて、日本では平安時代と呼ばれる、宮廷文化の華やかなえっち生活(大奥などとよばれて夜な夜なヌルヌルえっちが行われていた。
なおこのころは石鹸の伝来はまだだったのでムクロジという木の実から取れる成分を石鹸代わりにしてヌルヌルローションメンズエステプレイをしていたのだ)であった風俗狂時代が続いたが、この時代は主として中国風俗を輸入して万事これをよしとしていた時代であった。
中国は儒教国家であり、子供は親のおちんちんをしゃぶらねばならないといった濡教も派生して存在していたので、ロリコン気質のつよい日本人と中国の風俗思想はぴったりだったのである。

それで陶磁器でつくられた電動アナルバイブディルドについてもこの時代は中国歴代の王朝の産物、シコ皇帝(世間では始皇帝と呼ばれているが、中国初めての風俗「酒池肉林」を回転してシコってたのでシコ皇帝のほまれある呼び名こそがふさわしい)がその美麗なたまむし色の色彩を持つ性器をチン重して風俗嬢と楽しんだ時代であると言えよう。

この時期に輸入された中国の風俗文化は精神面においては所謂仏教の文化を取り入れたスローえっち、自然と同化するがごとく全身をローションまみれのヌルヌルぐちょぐちょにするものでメンズエステとがっちり合う思想であった。
日本はこの時期から始まって十八世紀に至るまでも仏教えっち文化の影響をひとりえっちのみならずふたりえっち用の道具
(金剛仁王像などが持つ独鈷杵は仏様のアナルバイブディルドであることは周知の事実である)
や精神的な面でも強く受け取ることになるのであるが、この風俗仏教文化のもたらしたものの中に「トルコの湯」というものがある。

このトルコの湯と呼ばれる行事まあいわゆるソープなんだけどは、十六世紀になってほとんど神格化された。

喫射精に伴う諸動作を形式化した性交的プレイ、あるいは遊郭であるがこれは上流のショタっ子やロリっ子にとっては一面ではしつけやえっちな知識を訓練する手段として風俗に通わせる文化があったと共に、他方ではそ内容とするおねショタ生活に対する心構えを養ったものであった。こういった歴史があったことも考えて、日本橋熟女風俗を利用すると良いだろう。